
イーストエンドプラスYURIの「だよね」だったきがする。その時、私はまだ小学校の中学年くらいで、自分が好きな曲というものは特になかった時代だ。ある日、とある音楽番組で「だよねー、だよねー」という歌詞のラップが流れてきて、ふと母が「あ、なんかこの曲すきだな」というようなことをもらした。単純だった私は、母はこの曲が好きなんだ!と早とちりし(跡から聞くところによると、そうでもなかったらしい)少ないお小遣いをためにためて、母の誕生日の日にそのシングルをプレゼントする事にした。母のためにプレゼントを「一人で」買いに行く経験は、多分このときが初めてで。お店に入ったときのあのドキドキ感は今でもはっきり覚えている。母がはじめて「この曲すきだな」と口にしてから、結構時間が立っていたこともあって、店頭の目立つところには置いていなかった。結局、口から心臓が飛び出そうなくらいに緊張して、ちょっとひっくり返ったような声でCDのありかを聞いた。無事に購入して、大急ぎで家に帰り、ラッピングもせずに「誕生日おめでとう」と母に渡したそれを見て、母は「これ、どんな曲?だれの曲?」と言った。母がもらした「スキだな」の一言は、なんだったのだろう…と、大変がっかりした記憶がある、ドキドキだらけの忘れられない想い出です。
私の実家は、信州ですが、母の実家の田舎も家から車で30分ぐらいの浅間山の麓のようなところです。小さい頃、母に連れられて母の田舎に帰るとき、其の頃は車が無かったので、途中、母のお姉さん2人が、母の実家の近くで、バスに乗ってその2軒の御宅のどちらかで一晩泊まって、またバスに乗って浅間山の麓の母の田舎に行ったものです。あの頃、一回だけ、直ぐ上の兄が自分も行きたかったのに、置いてきぼりをされて、後で追いかけてきた事もあったものでした。若しかしたら、3人で一緒に母の実家に行ったのはあの時が最後です。母の父、私の祖父だけ元気で、祖母は既に他界していましたが、お正月には必ず尋ねていました。其の他に、お互いのお祭りの時期になると、お互いに独特のご馳走を分け合ったり、とっても密接な付き合いだった気がします。あの祖父の家は桃も作っていて、夏の頃にはそれを家に持ってきてくれて、それがとても美味しかったです。一度、浅間山の鉄砲水で田んぼの被害があったときは、母も手伝いに行ったものです。今、こうやって書いているとあの幼い頃、祖父の家の庭で年が一つ下の従兄弟とお正月、羽根突を一緒にやった事も思い出しました。あの時、負けて何だか泣いてしまった事もありましたっけ。
やはり「ご当地グルメ」を食べにだけ出かけるという贅沢なものです。夫婦で結婚した当初から毎週末車ででかけていたのですが。一番はじめは突然「喜多方らーめん」がたべたくなって、福島まで出かけて行きました。出かけたのはいいのですが、道に迷って(当時ナビは普及していませんでした(照)。やっと「喜多方らーめん」にありつけたと思ったらもう夕方だったのを覚えています。でも、この贅沢(?)なデートに味をしめた私たち夫婦は、その後茨城県に「アンコウ」を食べるためだけの目的に出かけたり、群馬県に「水沢うどん」を食べるためのドライブ♪一番遠くは浜名湖に「うなぎ」を食べにだけ出かけたこともあります。でも、実は一番多いのは都内のお気に入りのフグ屋さんなんですけどね。あとは、横浜や千葉のイタリアンとかフレンチとか、「おいしい」と聞いてきたら必ず主人は車で出かけます。出かけた先であえてゆっくりするわけではなくて、「おいしいものを食べるためだけに出かける!!」これ、最高なお出かけですよね。今は高速道路料金も土日は安いし、楽しめますよね。これから年をとっても私たち夫婦はお休みのたびにおいしいものを求めてでかけるんだろうなぁ〜。